┃©MBC┃韓国放送日2006年5月15日〜2007年3月6日┃日本語字幕┃

・BC 108年に古朝鮮が漢の鉄器により崩壊する

・BC 37年に初の民族国家−高句麗が誕生するまで

約 2100年間、北の大地を支配してきた古朝鮮、朱蒙(チュモン)の歴史は古朝鮮が崩壊する瞬間から始まる。

天帝の息子、桓雄が弘益人間の理念の下で地上に降り立ち、熊女と結ばれ檀君を生み、その檀君が建国した古朝鮮。

古朝鮮が滅び、流浪民が散り散りになった時に、ドラマ「朱蒙」(チュモン)は始まった。分裂と崩壊、そして戦争…。しかし忘れられた時間は紀元前 108年からである。

国を失った流浪民は漢武帝が設置した楽浪・臨屯・真番・玄菟の4つの郡を支配体制に置き近隣の部族国家は吸収された。古朝鮮の昔の領土である扶余、沃沮などの部族国家が誕生したが、漢の鉄器軍の脅威の前では同じ民族である流浪民を攻撃することはできなかった。古朝鮮の流浪民である若い将師、解慕漱 (ヘモス)は軍を率いて漢と戦うが、鉄器騎馬軍にまたも敗れてしまう。

古朝鮮の滅亡からBC 37年、朝鮮半島に初の民族近代国家が誕生するまでの歴史を描いたドラマ「朱蒙」を理解する上で、「鉄器文明」は重要なキーワードになる。

大帝国、古朝鮮の滅亡と民族分裂の裏側には、鳥瞰法を会得した漢の武器製造法があったのだった。

言い換えれば、朱蒙と召西奴の高句麗建国の戦いは

鳥瞰法を探り出す、涙ぐましい努力の歴史でもある。

***年表***

紀元前 2333年― 檀君王倹が朝鮮半島と遼東に大帝国を建国

紀元前 450年― 松花江の上流一帯に扶余が成立

紀元前 108年― 1年以上にわたる漢の侵攻で古朝鮮が滅亡

漢は古朝鮮の広大な領土に楽浪・臨屯・真番・玄菟の4つの郡 (漢4郡)を置き、古朝鮮の流浪民を厳しく支配

(古朝鮮の流浪民・解慕漱は東扶余の王子・金蛙と共に、漢4郡の貧しい流浪民を救出し、扶余に定着させた)

紀元前 58年― 東扶余で朱蒙が誕生

紀元前 37年― 朱蒙が卒本で高句麗を建国

紀元前 28年― 高句麗が扶尉?と北沃沮を併合

紀元前 19年― 朱蒙が死亡。琉璃王が即位

紀元前 18年― 召西奴と温祚が河南慰禮城に百済を建国

紀元前 6年― 召西奴が死亡

紀元前 5年― 百済が韓山に遷都

紀元後 3年― 高句麗が卒本から国内城に遷都

紀元後 8年― 百済が馬韓を滅ぼし併合

紀元後 14年― 高句麗が梁貊を滅ぼし、漢の高句麗県を攻撃

紀元後 18年― 百済が湯井城と古沙夫里城を築く

高句麗の琉璃王が死亡

紀元後 22年― 高句麗が扶余を攻撃し、帯素王を殺害

扶余が帯素王の弟を擁立し、曷思国を建国

紀元後 28年― 百済の温祚王が死亡
(C)MBC
ウィンドウを閉じる
 

 
[KNTV TOP]